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萩城 毛利氏のおしろ [はぎのおしろ]

DSC00121web.jpg萩城虎口付近の石垣

萩城は毛利氏最後の城として、かつて、西国10カ国と九州の一部を領国とした毛利家臣団の経験と知識を結集し築城されたお城です。

防府・山口・萩の3箇所の中から、幕府の裁定により萩の地に築城となったそうです、穿った風説がいろいろありますが、城塞を構築するには、指月山を背にし、橋本川と日本海に囲まれた萩に築城することが一番適していると思われます。
 萩の地は梯郭式【teikakushiki】といわれる城郭様式には最適の地であり、橋本川・松本川に挟まれた中州は、萩城の外郭の構成に重要な役割を為しています。
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本丸堀の亀

1874年に廃城となり、かつては城の背を守備した指月山も、手付かずの山林となり、草木と石垣が戯れた城跡の石垣に登ると、草木の香りと、風に乗ってかすかに薫る日本海の海の香りに、かつてここが諍渦の中心となったことが嘘のように思います。

自然と戯れた石垣に登って世間の憂いをしばし忘れる。
そんな楽しみ方のある城跡
それが萩城です

お休みの日に是非訪れてみてください。

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毛利氏の最後の居城 [はぎのおしろ]

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山口県の田舎町「はぎ」
白壁を今に伝える歴史の町
のんびりと散策するにはもってこいです
海あり、山あり、温泉ありの田舎町
気晴らしにぜひ訪れてください


萩城は、防長二国の太守毛利輝元によって1604年に築城されました。
現在、天守台を中心として本丸・詰め丸・二の丸・三の丸に石垣や土塁を残します。
また、橋本川と松本川に挟まれた三角州は、その両川を天然の堀と見立てれば、攻めるに困難な防御に特化した城塞都市であったように思われます。
萩の三角州内に流れる藍場川は、江戸時代に『大溝』とよばれ、代々の萩藩主によって開削された運河であり、治水と水運に川の水を積極的に取り入れた町作りを今に残します。
レンタル自転車に乗りながら、毛利家の残した城や城下の遺構を散策することが楽しめる町です。
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